陽はまた昇る

2023/09/08 Fri 22:54

 私の1歳年上の男性を看取りました。
癌の末期で、静岡県立がんセンターよりご紹介で私の前においでになりました。
お会いすると「こんな大変な病気なのに、この穏やかな笑顔はどこから来るのだろう?」といつもお伺いする私の方が慰められて帰ってくるというステキな方でした。しかし病気の進行は止まらず、最期の時が訪れてしまいました。その時ご家族は「看病しているときは本当に幸せでした」「家族の絆が深まりました」とおっしゃっていました。

最近「陽はまた昇る」というドラマの1回目を見ました。1979年に放映されたドラマで、松山善三さんが脚本を書いた医療ドラマです。まだ中学3年生だった私は、母にすすめられて見た記憶があります。この「陽はまた昇る」が私が医師を志すきっかけになった作品でした。1回目にこんな言葉が出てきます。
「死は生と同じくらい重いのです
人は死にます。けれども大切な人の胸の中で生きています。
大切な人は亡き人を引き継いだのです。
死はそれを取り囲む人々に、たくさんの思い出を遺して逝きます。」

今回私が関らせていただいた方は、ご家族の胸の中で生きています。そして、関わらせていただいた私に大切な思い出を遺して逝かれました。

追記
現時点では「陽はまた昇る」の1回目しか見ることができません。どなたかこれ以上の情報をお持ちの方がいたら教えてください。
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「ひと」を看取る

2023/09/02 Sat 20:14

 最近ご高齢の方を看取りました。
この方とは30年以上前よりお知り合いで、お二人の娘さんも良く存じ上げています。
ご高齢ということもあり、体調を崩され、近くの病院に入院されました。
入院後も病状がすぐれず、このまま病院で最期を迎えなければならない時、
娘さん方がご自宅で最期を迎えさせてあげたいと決心され私の所にご相談に来てくださいました。

退院日、夕刻に診療が終わるとすぐにご様子を診に伺いました。
私の声掛けにも反応が乏しく、やはり最期の時は近いかと危惧されました。
翌日の日中にまたお伺いすると、昨夜とは打って変わって病状は持ち直すように思われました。
私に事もわかってくださり、診察後に「ありがとう」とおっしゃってくださいました。
私は医者の直感として、持ち直してくれるのではないかと祈りました。

またその翌日、お会いになりたい方々にお昼に会って、その後は娘さん方のお名前を呼び、
夕刻、静かにご逝去されました。

看取りの診察の時、あまりに穏やかなお顔に、「ああ、ご自分で、死ぬ時を選んで逝かれた」と感じました。
愛するご家族の元に戻り、お会いになりたい方々にお会いし、
娘さん方にお別れをし、ご自身の死ぬ時を選び取っていかれたようなお顔をしておいででした。

私も30年以上のお付き合いがありましたので、いつもの「病気の人の看取り」ではなく
「ひと」としてお付き合いした長い長い延長線上に、「ひと」としての看取りがあったと感じています。

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ケアの真髄

2023/05/07 Sun 12:13

 グループホームでご高齢の女性を看取りました。
日曜日の深夜、最期の時は訪れました。
私の死亡確認の診察時に、ご家族とグループホームの介護スタッフが一緒にいてくださいました。
その後、グループホームのリビングのテーブルで死亡診断書を書いていると、
その介護スタッフさんがここ数時間の介護記録とバイタル表(血圧や脈拍を記録した表)を持ってきてくれました。
(最近はタブレットで記入していく施設も多いのですが、その記録は手書きで、その介護スタッフの思いがこもっている文字があふれていました)
これらを私に示しながらその介護スタッフさんが
「最期の数時間はうまく血圧も測定できずにすみません」とおっしゃいました。
私はそれに対し
「いえいえ、最期の時に大切なのは血圧をはかったりすることじゃないですよ」とお伝えし、
「あなた(介護スタッフさん)が、もし最期を迎えるとき、どのようにしてほしい?」とお聞きしました。
するとその介護スタッフさんはすかさず
「手を握っていてほしい」と。

「人にしてほしいことを行い、人にしてほしくないことはしない」

これが「ケア」の真髄と思っているのですが、このケアスタッフさんはとても素敵なケアをなさっていると感じました。

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永遠

2023/03/15 Wed 20:55

 バレンタインデーの日に、その診療は始まりました。
まずご主人様が、がん末期の奥様の紹介状を持って私の前に現れてくださいました。
紹介状を読むと厳しすぎる病状が…。
翌日、早速ご自宅にお伺いしました。
私よりも10歳以上年下で、なぜこの様な病いになってしまわれたのかと思いながらお話をお聴きしていました。弱音を吐いても何も不思議ではない病状なのに、その方は健気な笑顔を見せられ、「奇跡を信じています」と。
次の日曜日、急に病状が悪化され、雨の中、ご自宅へお伺いしました。診察をしながら、日曜日で外来診療がなく時間が取れたので、ゆっくりお話ができました。
その後、お伺いするたびに病状は悪化していき、ご自宅で酸素投与、医療用麻薬の投与と緩和ケアに務めながら、彼女のコトバをお聴きできました。

最期の日が訪れてしまいました。
3月になったばかり。
お伺いしても、もうお話ができない病状の中、声をかける私の後ろから、ご主人様が「奇跡を信じています」と。
その日の夜、ご自宅で、ご主人の深い悲しみの中、ご逝去されました。

私の好きな「永遠」(Mr.Children)をご紹介しましょう。
『空に残された白い飛行機雲  ふと自分が重なる
凄いスピードで逝ってしまう君に  必死で追い縋る』

「凄いスピードで逝ってしまう…」
がんの末期なので、この病状の悪化ぶりは、医師としては何度も診て来たのに…。

「なぜこの若さで、こんなに速く逝ってしまわなくてはならないの?」
答えのない問いが私の中で渦巻きます。

彼女とご主人がおっしゃられた「奇跡」は起こらなかった。
しかし、私の中で奇跡は起こった。
私の中での奇跡は…。



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アルコールシャーベット

2023/02/11 Sat 23:27

以前、緩和ケアに関わられる栄養士さんから
「癌の末期で食事がとれなくなっても、シャーベットでならお口に入るかも」
「アルコールのお好きな方なら、アルコールをシャーベットにすると喜ばれます」とお聞きしました。

癌の末期の男性の方を看取りました。
病状が進行し、お体が大変になり、病院に通院できなくなってきた時に
病院の先生のご紹介状を持ってご家族が在宅診療のご希望で来られました。
早速ご自宅にお伺いすると、食事がとれなくなってきていて、お辛そうでした。
息子さんとお嫁さんが本当によく看病されていました。
その時、息子さんにこのアルコールシャーベットのお話をして、ぜひお父様とご一緒にお酒を楽しんだらとご提案しました。
その後も残念ながら病状は悪化の一途をたどり、昏睡状態となったときに、お孫さんもご一緒に看病されていました。

そして、
死亡の確認の最後の診察の後、息子さんが私に向かって、
「もう最期と思い、父の横で一杯やりました」と話してくださいました。

もちろん臨終のお父様はお酒は飲まれませんが、
きっと息子さんと一緒に盃を取り交わしいたのでしょう…
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