森典子先生と石飛幸三先生

2018/03/05 Mon 22:16

 先日、静岡県立総合病院で『End of life careを考える会 ~自らのEnd of life lesson~』が開かれました。私が敬愛する同病院副院長の森典子先生とご一緒に「平穏死」で有名な石飛幸三先生をお招きいたしました。森先生と私は同じ腎臓内科医で、森先生には30年間、ご指導を受けています。森先生は全国的にもご高名な先生なのに、本当に親しみやすく、私の大好きな先生です。石飛先生は「平穏死」という言葉を提唱され(「平穏死」については石飛先生の御著書「平穏死のすすめ 口から食べられなくなったらどうしますか?」をどうぞお読みください)、NHKのテレビなどにもご出演されますので、ご存知の方も多いでしょう。私は4年前に石飛先生と初めてお会いした時に「私(遠藤)は、「平穏死」に共鳴はしますが、私自身が死ぬことが怖く、自分に「平穏死」を選択する覚悟ができていません」とお伝えしました。すると石飛先生は「遠藤君はもうすぐ50歳、私は80歳。君も私の年になればわかるよ。それまで色々あるよ」とおっしゃってくださいました。あれから4年経ちましたが、私はやはりまだ覚悟ができません。しかし、石飛先生の最近出された御本に「平穏死を受け入れるレッスン」というのがあります。その中で石飛先生は、私の大好きな星野富弘の詩を取り上げています。(星野富弘の「たんぽぽ」という詩からたんぽぽ診療所の名前が決まりました)
〈いのちが一番大切と思っていたころ
生きるのが苦しかった
いのちより大切なものがあると知った日
生きているのが嬉しかった〉
という詩ですが、さらに石飛先生の言葉が続きます。
「私は一人の人間として、いのちより大切なものに気づくことができました。わが人生に悔いなし、です。そしてまだ私の人生は続いています。」

これからの私(遠藤)のまた課題が示されました。
「いのちより大切なもの」…これを探求してまいります。

石飛先生の講演会の後、森先生の行きつけのお店で、石飛先生と森先生と県立総合病院の看護師さんと一緒に食事ができました。とても楽しいひと時でした。
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秘めた悲しみ

2018/02/07 Wed 21:02

 大切な娘様を、病いで亡くされた女性がおいでになりました。
その娘様の診療に私も少しだけ関わらせていただきました。
おいでになった女性(お母様)にお掛けする言葉もなく…
しかし、
その女性は感情をあらわにするわけでもなく
「先生、娘が本当にお世話になりました」と。

「秘めた悲しみ」
以前、ご紹介しましたが、私の愛読書「生きがいについて」より、こんな詩をご紹介します。

焼き場で骨を拾う時、
骨壺を抱えて帰る時、
墓の前にたたずむ時、
愛する者の存在が
ただそこにある「もの」だけになってしまったとは
どうしても思えない。
遺された者の心は故人の姿を求めて、
理性とは無関係にあてどもなく、
宇宙のはてばて まで探しまわる。
今にも姿がつかまえられそうな、
声がききとれそうな、
そのぎりぎりのところまで行って
むなしく戻ってくるくやしさ。
         (「生きがいについて」p105)
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 今朝の新聞に、「死と隣合せに生活している人には、生死の問題よりも、一輪の微笑みが身に沁みる」(太宰治)というのが載っていました。一昨日のNHKの大河ドラマ「西郷どん」で、渡辺謙演じる「島津斉彬」は桜島を見て「いつもと変わらん」と言います。しかし、貧乏ゆえに身売りされる娘「ふき」は、同じ桜島を見て「今日は、美しかごと。この桜島が好きじゃ」と言う。同じ桜島なのに、なぜこれほどとらえ方が違うのでしょう…。
私の亡き父は、私の家から見える富士山と眼下に広がる清水の街が好きでした。亡くなる一月前の正月も、私の家に来てくれて、じっと富士山と清水の街を見ていました…。
私の眼に、私の人生はどう映っているのでしょう?
それを決めるのは、私の心かもしれません。
ステキな景色を探すのではなく、日常をステキと感じる心を探したいです。
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宇佐美先生

2018/01/04 Thu 10:52

 最近「真に拠り所となる他者」」という言葉の勉強をしています。「真に拠り所となる他者」とは「苦しい思いを語りつくすことが大切。語りつくすためには、自分の意見やアドバイスなしに、ひたすら、その語りを聞き、理解してくれる聴き手が必要」とのこと。とても私はこのような聴き手にはなれません…。
私の尊敬する方に「宇佐美吉司先生」がいらっしゃいます。先生は教育の現場に関わられたのち、現在は「菊屋(きくや=聴く)」という相談室をやられたいます。宇佐美先生を私は本当に尊敬していて、「先生」とは「先に生きる人」という意味だと思うのですが、まさに宇佐美先生は私にとって「先生」です。
その宇佐美先生のお招きで「人生の意味~人に寄り添うこと~」という講演会を行います。
日時:1/27(土)14:00~15:30
会場:高部生涯学習交流館
お問合せ先(宇佐美先生)℡090-5038-6413 メール:info@kikuya-usami.com
どうぞ皆様お集まりください!
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毎日が初日の出

2018/01/02 Tue 07:17

あけましておめでとうございます。
今年もこのブログをお読みいただきありがとうございます。

今、1/2の朝7時ですが、ちょうど日が昇ってきたところです。日の出と、その光に照らされた富士山がきれいです。
昨日元旦は、頑張って早起きをし、初日の出を拝みました。周りにも初日の出を見ようと集まってきた方がいらっしゃいました。テレビでも初日の出を放映していました。亡き私の父は、よく「太陽から見たら、なぜこの日だけみんな私(太陽)を見てくれるんだろう?毎日同じように地球を照らしているのに…」と言っていたのを思い出します。そう思って、昨年の大晦日(一昨日)の朝、犬の散歩で、朝日を拝みました。また今日1/2、朝日を拝みました。確かに元旦と同じ太陽でした…。

「うつわの歌」(神谷美恵子)という詩があります。  
私はうつわ 愛をうけるための。
うつわはまるで腐れ木よ、いつこわれるかわからない。
でも愛はいのちの水よ、みくにの泉なのだから。
あとからあとから湧き出て、つきることもない。
うつわはじっとしてるの、うごいたら逸れちゃうもの。
ただ口を天に向けていれば、流れ込まないはずはない。
愛は降り続けるのよ、時には春雨のように、時には夕立のように。
どの日もやむことはない…。

この詩はさらに続いていきますが、
神谷美恵子先生がうたわれたように、この無償で私に注がれているものに、気づいていける人になりたいです。
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