リトル・トリー

2022/07/24 Sun 22:30

 最近「東大教授、若年性アルツハイマーになる」という本を読みました。
脳外科医で東京大学教授であった若井晋先生が東大教授現職中に若年性アルツハイマーを発症し、
「なんで私が!こんな病気になるんだ!」という思いに苦しみ続けながら亡くなられるまでを奥様であられる若井克子さんが書かれた本です。
その最後の所でこんな文章があります。
「彼(晋)は若年性アルツハイマー病になって、知識を、地位を、職を失った。
それが世間からは「天国から地獄に落ちた」ように見えるだろう。
だが私には、むしろすべてを失ったことで「あるがまま」を得て、人生の本質に触れたように感じられるのだ。
おわりに晋が自身の著作で引用した一節を私も引いて、この長い長い旅の締めくくりとしたい。
『蝶は迫ってくる死にいささかもうろたえない。自分が生まれてきた目的ははたし終わった。
そして今やただひとつの目的は死ぬことにある。だから、トウモロコシの茎の上で、太陽の最後のむくもりを浴びながら待っているのだ。』(フォレスト・カーター「リトル・トリー」)」

いったいどうすれば、このような境地にたどりつけるのでしょう?

今朝、ある男性をご自宅で看取りました。
その方は、急に深刻な病気の末期状態と宣告されてしまいます。
あまりの急な病状変化にその方は耐えられません。
その方のご自宅へ伺い、ベッドサイドでその方の心の叫びをお聞きするたびに、私自身の無力さをひしひしと感じて日々は過ぎました。
そして最期の時は訪れてしまいました。
看取りの後、帰ろうとした私に娘さんがお声をかけてくださいました。
「数日前、父は『ありがとう、ありがとう』と何度も言ってくれました」と。






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