いとおしみの深さは…

2018/11/02 Fri 22:13

 私の友人で、最近お父様を亡くされた方がいます。その友人が深い悲しみの中にあるのに、周りの人が「(お父様が亡くなるのは)順番だから仕方がない」とか「早く前を向いて生きていきなさい」と言われて辛いと訴えられました。2年前、私が父の食道がんで苦しんでいるとき、ある方から「歳だから仕方がないよな」ということを言われたことを思い出し、「順番だから仕方がない」とか「早く前を向いていきなさい」という心無い言葉に、どれほどこの方が辛い思いをしているか心配になりました。そしていつまでこのような心無い言葉が繰り返されるのか…と思いにふけりました。
 先日このブログ「深い悲しみ」の中でお書きした奥様を亡くされた方がたんぽぽ診療所においでになりました。その方が「こんなに悲しいとは思わなかった」「こんなに自分が弱いとは思わなかった」と涙を必死にこらえておられました。私はこの方の前にたたずみながら「この方こそ私の師だ」と痛感していました。私も含めて、口先だけ人を大切にしているようにふるまう人はたくさんいます。私のような偽物ではなく、本当に真から「人をいとおしむ」人はこの方だと痛感しました。
私の好きな言葉に「いとおしみの深さは、経て来た悲しみの深さに比例している」(神谷美恵子「生きがいについて」より)があります。
お父様を亡くされた友人、奥様を亡くされた悲しみに独り耐える人、この人の中にこそ、この言葉があると思います。
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深い悲しみ

2018/10/28 Sun 14:04

 今日は日曜日、朝ゆっくり過ごしていると、携帯電話が鳴り、患者さんの調子が悪いと…。
車で患者さんのお宅へ向かいました。
患者さんのお宅は、知り合いの家のすぐ近く。
患者さんのお宅の駐車場に車を置いた時、知り合いのご主人様がやってきて声をかけてくださいました。
「一昨日、妻が急死して…」と。「えっ!」びっくりして私は絶句してしまいました。
亡くなった日の朝、私はその奥様に会ったばかりでしたので。
奥様は持病をお持ちでしたが、本当に急変だったようで。

ご主人が「妻は(亡骸は)まだ自宅にいますから…」と。
私は「往診がすみましたらお伺いします」と答えました。

往診後亡くなられた奥様に対面いたしました。
本当に「奥様思いのご主人様」ですので、その悲しみたるや・・・。
しかし、ご主人様は静かなお顔の中に深い悲しみに耐えておられるようでした。

お別れをし外に出て帰路につきました。
また普通の日曜日です。
高校生と思われる一団が談笑しながら通り過ぎていきます。

世の中にはじっと、静かに、深い悲しみに耐えている人がいる。
私も知らないところで…。
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 12月は裾野市から講演のお招きをいただきました。
裾野市生涯学習センターのHPに掲載してくださっています。
https://www.susono-yuuaiplaza.jp/?p=9444&post_type=event&preview=1&_ppp=294f7fabf5
お近くの方はぜひおいでください。
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  私が心から尊敬する浜松医大 地域医療学講座教授の山岡泰治先生が11/23に静岡で「医療と介護に関するシンポジウム」を開かれます。私にもパネリストとしてお招きをいただきました。
山岡先生はこれまでも幾度もご一緒させていただきましたが、その柔和なお人柄と深い見識にいつも感動し尊敬する先生です。
皆様もシンポジウムも興味深いですが、山岡先生にお会いできるのもとても素敵ですから、お時間許されればぜひお集まりください。
詳しくは浜松医科大学地域医療学講座のHP(https://www.hama-med.ac.jp/education/fac-med/dept/commun-health-care/news.html)をご覧ください。
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何もできなくて…

2018/09/19 Wed 16:14

 先日、ご高齢の方を看取りました。
もう何年もたんぽぽ診療所にお通いになられた方です。
90歳を超えられて、次第に通うことができなくなり、私が在宅診療に伺っていました。
この夏の暑さがきつく、次第に食事がとれなくなり、最期はお子様方に見守られながら、静かに息を引き取られました。

最期の診察の時、私が「よく看取られましたね」とお子様方に声をかけると、
ご長男が「いえ、何もできなくて…、そばにいることしかできなくて…」とおっしゃられました。

「何もできなく…」

これが人生の究極の目的のような気がしています。
誰もが、お歳を召されて、病になり、「何もできなく」なってくる。
これが人生の最期の姿です。
この姿には、社会的地位や、知識や、財産やそんなものは何の役に立たない。
どれほど、自分の周りをそんなもので囲っても、最期は「何もできない…」状態が待っている。
もちろん、その愛する人を喪う人も、「何もできない…」(私のような他人から見れば「よく看取られましたね」などという見当はずれな言葉が出てきてしまう…)

そして「何もできなくて…」のあとは
「ただそばにいるしか・・・」
これも人生の究極の姿かと感じます。

まだ時間が残されているときから、「何もできない…」「ただそばにいる」を大切にしたいです。
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