犬の十戒

2018/11/28 Wed 18:12

 今年は戌年。もうまもなく終わってしまいます。私は昨年3月より犬を飼い始めて、まわりの愛犬家の方々より「犬の十戒」というのを教えていただきました。とても大好きな文章ですので、ご紹介しましょう。

犬の十戒
第一戒:私の生涯はだいたい10 年から15 年です。あなたと別れるのは何よりもつらいのです。私と暮らし始める前に、どうか別れのことを考えておいてください。

第二戒:あなたが私に望むことを理解するまでには、少し時間がかかります。

第三戒:私にとって一番大事なことは、あなたから信頼してもらえることです。

第四戒:私のことを長い時間叱ったり、罰として閉じ込めたりしないでください。あなたにはあなたの仕事や楽しみもあり、友達だっているでしょう。でも、私にとってはあなたがすべてなのです。

第五戒:私にちゃんと話しかけてください。あなたの話している言葉の意味はわからなくても、話しかけてくれるあなたの声はよくわかるのです。

第六戒:あなたが私にどんなふうにしてくれたか、それを私は絶対に忘れません。

第七戒:私をたたいたりする前に、私はあなたを噛んだりしていないことを思い出してください—私の歯はあなたの手の骨をかみ砕くことぐらい簡単にできるのに。

第八戒:私が言うことを聞かないと怒る前に、なにか原因があるのではないかと考えてみてください。食事はちゃんとしているか、かんかん照りの日なたに置き去りにしてないか、年を取って体が弱ってきていないか、と。

第九戒:私が年を取ったら、どうか優しく世話をしてください。あなただって、年老いたら同じようにそうなるのですから。

第十戒:私が旅立つその時を安らかに迎えられるように、どうか最期まで一緒にいてください。「かわいそうで見ていられない」なんて言わないで、私を独りぼっちで逝かせたりしないでほしいのです—だって、私はあなたが大好きなんですから。

第七戒とかは犬特有と思いますが、それ以外は人間にも通じるものがあると思い、ほぼ毎日読んでいます。

 ある高齢の男性を看取りました。重い病いでこれまで入退院を繰り返していて、私のところに在宅診療の依頼が来て診始めた方です。次第に全身状態が悪化していく中、まわりの人は「看病している奥様が耐えられなくて、また救急車を呼んでしまうのではないか・・・」と心配していました。私も関わる中で、一人で看病している奥様が、耐えられずに病院へご主人を搬送して欲しいと希望されても何も責められないと思っていました。しかし今回は奥様が、ご主人様の死を受け入れ、ご自宅で看取られました。私の最期の診察の時、奥様が涙を浮かべ、じっと悲しみに耐えている姿が忘れられません。
私は「十戒」の第十戒をかみしめていました。
「私が旅立つその時を安らかに迎えられるように、どうか最期まで一緒にいてください。「かわいそうで見ていられない」なんて言わないで、私を独りぼっちで逝かせたりしないでほしいのです—だって、私はあなたが大好きなんですから。」


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死は点ではない

2018/11/25 Sun 20:44

 前回の山折哲雄先生の話を続けましょう。山折先生はご講演の中で「死は点ではない」とおっしゃいました。「脳死」」「心臓死」は何時何分死亡確認と「死を点」でとらえています。それに対して万葉集の中では、人の死は「もがり」という生から死にいたるプロセスの中でうたわれ、意識されていた。
 たんぽぽ診療所にお通いくださっている方は、娘さんを癌で亡くし、何か月もたちますが娘さんの死をいつも身近に感じ続けておいでです。
美智子皇后様も「この世に悲しみを負って生きている人がどれ程多く、その人たちにとり、死者は別れた後も長く共に生きている人々であることを、改めて深く考えさせられた」とお言葉を2015年に語られました。
私の人生の書である「生きがいについて」(神谷美恵子)にも「周囲の人が死病にかかったり、死んだりしても、よほど身近な人でないかぎり、軽くやりすごしてしまう。葬式の後または通夜の席上、人々が思いのほか愉快そうに飲み食いし、歓談する光景はそう珍しいものではない。
その中で、故人の存在にすべてを賭けていた者は、心の一番深い所に死の痛手を負い、一人ひそかに呻き続ける。」と記しています。
「呻き続ける」
死は決して点ではない…
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診て察する

2018/11/23 Fri 22:13

 先日、静岡県主催の 「人生100年時代」シンポジウムにシンポジストとして参加させていただきました。基調講演の講師として山折哲雄先生がおいでくださりました。山折先生は「人生100年時代の 日本人の生き方、心のあり方」と題してとても興味深いお話をしてくださいました。その中でも私にとても印象に残ったのは、「察する」ということです。山折先生は、癌になっても面と向かって告知などしてほしくない、それを察するということがいいとご自身のご希望としておっしゃっていました。また医療の事でも、昔から「診察」という言葉があることを指摘されました。まさに「診て察する」から「診察」。いい言葉じゃないですか!と山折先生。私もハッとさせられました。「血液検査」「レントゲン」「CT」「MRI」とそれはそれでとても情報の多い、便利な医療機器ですが、患者さんと相対し「診て察する」。この大切さを改めて山折先生に教えていただけました。
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いとおしみの深さは…

2018/11/02 Fri 22:13

 私の友人で、最近お父様を亡くされた方がいます。その友人が深い悲しみの中にあるのに、周りの人が「(お父様が亡くなるのは)順番だから仕方がない」とか「早く前を向いて生きていきなさい」と言われて辛いと訴えられました。2年前、私が父の食道がんで苦しんでいるとき、ある方から「歳だから仕方がないよな」ということを言われたことを思い出し、「順番だから仕方がない」とか「早く前を向いていきなさい」という心無い言葉に、どれほどこの方が辛い思いをしているか心配になりました。そしていつまでこのような心無い言葉が繰り返されるのか…と思いにふけりました。
 先日このブログ「深い悲しみ」の中でお書きした奥様を亡くされた方がたんぽぽ診療所においでになりました。その方が「こんなに悲しいとは思わなかった」「こんなに自分が弱いとは思わなかった」と涙を必死にこらえておられました。私はこの方の前にたたずみながら「この方こそ私の師だ」と痛感していました。私も含めて、口先だけ人を大切にしているようにふるまう人はたくさんいます。私のような偽物ではなく、本当に真から「人をいとおしむ」人はこの方だと痛感しました。
私の好きな言葉に「いとおしみの深さは、経て来た悲しみの深さに比例している」(神谷美恵子「生きがいについて」より)があります。
お父様を亡くされた友人、奥様を亡くされた悲しみに独り耐える人、この人の中にこそ、この言葉があると思います。
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深い悲しみ

2018/10/28 Sun 14:04

 今日は日曜日、朝ゆっくり過ごしていると、携帯電話が鳴り、患者さんの調子が悪いと…。
車で患者さんのお宅へ向かいました。
患者さんのお宅は、知り合いの家のすぐ近く。
患者さんのお宅の駐車場に車を置いた時、知り合いのご主人様がやってきて声をかけてくださいました。
「一昨日、妻が急死して…」と。「えっ!」びっくりして私は絶句してしまいました。
亡くなった日の朝、私はその奥様に会ったばかりでしたので。
奥様は持病をお持ちでしたが、本当に急変だったようで。

ご主人が「妻は(亡骸は)まだ自宅にいますから…」と。
私は「往診がすみましたらお伺いします」と答えました。

往診後亡くなられた奥様に対面いたしました。
本当に「奥様思いのご主人様」ですので、その悲しみたるや・・・。
しかし、ご主人様は静かなお顔の中に深い悲しみに耐えておられるようでした。

お別れをし外に出て帰路につきました。
また普通の日曜日です。
高校生と思われる一団が談笑しながら通り過ぎていきます。

世の中にはじっと、静かに、深い悲しみに耐えている人がいる。
私も知らないところで…。
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